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京都地方裁判所 昭和60年(わ)735号 判決

本籍

京都市伏見区久我御旅町二番地の八

住居

右同所

農業兼会社員

辻逸朗

大正一一年八月一四日生

右の者に対する所得税法違反被告事件について、当裁判所は、検察官西村正男出席の上審理し、次のとおり判決する。

主文

被告人を懲役一〇月及び罰金六〇〇万円に処する。

右罰金を完納することができないときは、金一万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

この裁判確定の日から三年間右懲役刑の執行を猶予する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は

第一  肩書住居地に居住しているものであるが、自己の所有する京都市伏見区久我本町七番地一七ほか九筆の田を昭和五八年八月二二日一億〇四九一万円で売却譲渡したことによる譲渡所得を申告するに際し、脱税を請負っていた全日本同和会京都府・市連合会を利用してその所得税を免れようと企て、元同連合会乙訓支部長今井正義及び同人を通じて同連合会会長鈴木元動丸、同連合会事務局長長谷部純夫、同連合会事務局次長渡守秀治らと順次共謀の上、自己の実際の昭和五八年分分離課税の長期譲渡所得金額は七八三七万一三五四円、総合課税の総所得(給与所得、不動産所得)金額は一七四万二〇〇〇円で、これに対する源泉徴収税額を除いた申告すべき所得税額は一九一二万七一〇〇円であるにもかかわらず、昭和五九年三月九日、同区鑓屋町所在所轄伏見税務署において、同署長に対し、全くそのような事実はないのに、株式会社ワールドが有限会社同和産業(代表取締役鈴木元動丸)から借入れた八〇〇〇万円の債務について自己が連帯保証人になっていたことから、右連帯保証債務を履行するために右不動産を譲渡し、その譲渡収入で昭和五八年九月一〇日に六五〇〇万円を弁済したが、右ワールドに対する求償不能により同額の損害を破った旨仮装するなどした上、自己の昭和五八年分分離課税の長期譲渡所得金額は八八七万一三五四円、総合課税の総所得金額は一七四万二〇〇〇円で、これに対する右申告すべき所得税額は一八一万九八〇〇円である旨の内容虚偽の所得税確定申告書を提出し、そのまま納期限までに右の世紀の所得税額一九一二万七一〇〇円と右申告額との差額一七三〇万七三〇〇円を納付せず、もって不正の行為により同額の税を免れた

第二  京都府向日市鶏冠井町沢ノ西一七番地の一に居住している中嶋純次がその所有する京都市伏見区久我西出町一一番三二ほか四筆の田を昭和五八年一〇月六日及び同年一二月五日の二回にわたり二億四七〇七万二八四〇円で売却譲渡したことによる譲渡所得を申告するに際し、前同様に前記連合会を利用してその所得税を免れようと企て、右中嶋、右今井及び同人を通じて右鈴木、右長谷部、右渡守らと順次共謀の上、右中嶋の実際の昭和五八年分分離課税の長期譲渡所得金額は一億〇二一〇万二〇八二円、総合課税の総所得(農業所得、不動産所得、配当所得、利子所得、雑所得)金額は二〇二万五四八三円で、これに対する源泉徴収税額を除いた申告すべき所得税額は二六八四万九六〇〇円であるにもかかわらず、昭和五九年三月九日、同市右京区西院上花田町一〇番地の一所在所轄右京税務署において、同署長に対し、全くそのような事実はないのに、前記株式会社ワールドが前記有限会社同和産業から借入れた一億二〇〇〇万円の債務について右中嶋が連帯保証人になっていたことから、右連帯保証債務を履行するために前記不動産のうち同市伏見区久我西出町一一番三二ほか三筆の田を譲渡し、その譲渡収入で昭和五八年一二月一〇日に九一〇〇万円を弁済したが、右ワールドに対する求償不能により同額の損害を被った旨仮装するなどした上、右中嶋の昭和五八年分分離課税の長期譲渡所得金額は一一一〇万二〇八二円、総合課税の総所得金額は二〇二万五四八三円で、これに対する右申告すべき所得税額は二二九万二六〇〇円である(ただし申告書には配当控除の計算誤りのため所得税額は二二九万一九〇〇円と記載)旨の内容虚偽の所得税確定申告書を提出し、そのまま納期限までに右の正規の所得税額二六八四万九六〇〇円と右申告額との差額二四五五万七〇〇〇円を納付せず、もって不正の行為により同額の税を免れた

第三  大阪府高槻市富田町六丁目九番一六号に居住している小林經男がその所有する京都市伏見区久我西出町一一番三一ほか一筆の田を昭和五八年一一月三〇日九二四八万円で売却譲渡したことによる譲渡所得を申告するに際し、前同様に前記連合会を利用してその所得税を免れようと企て、右小林、右今井及び同人を通じて右鈴木、右長谷部、右渡守らと順次共謀の上、右小林の実際の昭和五八年分分離課税の長期譲渡所得金額は八五〇〇万九六四〇円、総合課税の総所得(不動産所得、給与所得)金額は六七六万八三三八円で、これに対する源泉徴収税額を除いた申告すべき所得税額は二一八八万三四〇〇円であるにもかかわらず、昭和五九年三月九日、大阪府茨木市上中条一丁目九番二一号所在所轄茨木税務署において、同署長に対し、全くそのような事実はないのに、前記株式会社ワールドが前記有限会社同和産業から借入れた一億円の債務について右小林が連帯保証人になっていたことから、右連帯保証債務を履行するために右不動産を譲渡し、その譲渡収入で昭和五八年一二月一五日に七八〇〇万円を弁済したが、右ワールドに対する求償不能により同額の損害を被った旨仮装するなどした上、右小林の昭和五八年分分離課税の長期譲渡所得金額は七三五万三八〇〇円、総合課税の総所得金額は六七六万八三三八円で、これに対する右申告すべき所得税額は一六九万九一〇〇円である旨の内容虚偽の所得税確定申告書を提出し、そのまま納期限までに右の正規の所得税額二一八八万三四〇〇円と右申告額との差額二〇一八万四三〇〇円を納付せず、もって不正の行為により同額の税を免れた

第四  京都市伏見区久我御旅町二番地の一一に居住している安田由紀夫がその所有する同区久我西出町五番一三の田を昭和五九年一一月二八日一億四九七六万円で売却譲渡したことによる譲渡所得を申告するに際し、前同様に前記連合会を利用してその所得税を免れようと企て、右安田、右今井及び同人を通じて右鈴木、右長谷部、右渡守らと順次共謀の上、右安田の実際の昭和五九年分分離課税の長期譲渡所得金額は、六八六七万三六九一円、総合課税の総所得(給与所得)金額は四六八万一六七一円で、これに対する源泉徴収税額を除いた申告すべき所得税額は一六二二万八四〇〇円であるにもかかわらず、昭和六〇年三月九日、同区鑓屋町所在所轄伏見税務署において、同署長に対し、全くそのような事実はないのに、前記株式会社ワールドが前記有限会社同和産業から借入れた八〇〇〇万円の債務について右安田が連帯保証人になっていたことから、右連帯保証債務を履行するために右不動産を譲渡し、その譲渡収入で昭和五九年六月一〇日に六二〇〇万を弁済したが、右ワールドに対する求償不能により同額の損害を被った旨仮装するなどした上、右安田の昭和五九年分分離課税の長期譲渡所得金額は六六七万三九六一円、総合課税の総所得金額は四六八万一六七一円で、これに対する右申告すべき所得税額は一三三万四六〇〇円である旨の内容虚偽の所得税確定申告書を提出し、そのまま納期限までに右の正規の所得税額一六二二万八四〇〇円と右申告額との差額一四八九万三八〇〇円を納付せず、もって不正の行為により同額の税を免れた

ものである。

(証拠の標目)

判示全部の事実について

一  被告人の当公判廷における供述

一  第一回公判調書中の被告人の供述部分

一  第六回ないし第九回公判調書中の証人今井正義の各供述部分

一  鈴木元動丸(二通)及び長谷部純夫(昭和六〇年九月二一日付)の検察官に対する各供述調書謄本

判示第一、第二及び第四の各事実について

一  大蔵事務官作成の報告書謄本

判示第一の事実について

一  被告人の検察官(昭和六〇年六月一六日付、同月二三日付、同月三〇日付、同年七月三日付)に対する各供述調書

一  久貝義雄、倉橋嘉弘(三通)、辻喜男(二通)、辻道子、今井正義(昭和六〇年八月三〇日付-謄本、ただし抄本提出部分)及び長谷部純夫(同年一〇月一日-謄本)の検察官に対する各供述調書

一  大蔵事務官各作成の脱税額計算書(辻逸朗の脱税額についてのもの)及び証明書(辻逸朗の昭和五八年分所得税の確定申告書の内容を証明したもの)

一  押収してある不動産売買契約書(昭和五八年三月一〇日付)一通(昭和六一年押第一一五号の3)

判示第二及び第三の各事実について

一  被告人の検察官(昭和六〇年七月二〇日付)、同月二五日付、同月二九日付、同月三〇日付、同年八月二日付、同月三日付、同月一五日付、同月二六日付)に対する各供述調書

一  第三回ないし第五回公判調書中の証人吉田弘幸の各供述部分

一  今井正義の検察官(昭和六〇年八月二日付、同月一二日付、同月一四日付)に対する各供述調書謄本(ただし、いずれも抄本提出部分)

一  大蔵事務官の森岡富士雄(昭和六〇年七月二〇日付-本文六丁のもの及び久本恒雄に対する各質問てん末書謄本

一  押収してある西出町(萩森)と表記の綴一綴(昭和六一年押第一一五号の1)

判示第二の事実について

一  第三回公判調書中の証人中嶋純次の供述部分

一  中嶋純次(四通-各謄本、ただし昭和六〇年七月二九日付、同月三一日付のものはいずれも抄本提出部分)、牧良次(二通-各謄本、ただしいずれも謄抄本提出部分)、萩森功一(謄本)、今井正義(同年八月一三日付-「今回は、現在」で始まるもので謄本、ただし抄本提出部分)及び長谷部純夫(同年九月三〇日付-八項までのもので謄本)の検察官に対する各供述調書

一  大蔵事務官の倉橋嘉弘(昭和六〇年七月一六日付-本文九丁のもの)及び萩森功一(同日付-八丁のもの)に対する各質問てん末書謄本

一  大蔵事務官各作成の脱税額計算書(中嶋純次の脱税額についてのもの謄本及び証明書(中嶋純次の昭和五八年分所得税の確定申告書の内容を証明したもの)謄本

判示第三の事実について

一  第二回公判調書中の被告人の供述部分

一  小林經男(五通-昭和六〇年八月二五日付のものを除く四通はいずれも謄本)今井正義(同月一三日付-「今回は、小林」で始まるもので謄本、ただし抄本提出部分)及び長谷部純夫(同年九月三〇日付-九項までのもので謄本)の検察官に対する各供述調書

一  大蔵事務官の倉橋嘉弘(昭和六〇年七月一六日付-本文一二丁のもの)、萩森功一(同日付-六丁のもの)および森岡富士雄(同月二〇日付-本文八丁のもの、同月二六日付)に対する各質問てん末書謄本

一  大蔵事務官各作成の脱税額計算書(小林經男の脱税額についてのもの)謄本及び証明書(小林經男の昭和五八年分所得税の確定申告書の内容を証明したもの)謄本

一  押収してある不動産取引台帳綴(五三年度~五八年度)一綴(昭和六一年押第一一五号の2)

判示第四の事実について

一  被告人の検察官(昭和六〇年八月六日付、同月一〇日付、同月一三日付、同月一九日付、同月二一日付)に対する各供述調書

一  安田由紀夫(六通-昭和六〇年八月一三日のものを除く五通はいずれも謄本)、安田シズエ(三通-各謄本)、今井正義(同月二二日付-謄本、ただし抄本提出部分)及び長谷部純夫(同月九月二八日付-謄本)の検察官に対する各供述調書

一  大蔵事務官の森岡富士雄(昭和六〇年七月二九日付)及び井口泰三に対する各質問てん末書謄本

一  大蔵事務官各作成の脱税額計算書(安田由紀夫の脱税額についてのもの)謄本及び証明書(安田由紀夫の昭和五九年分所得税の確定申告書の内容を証明したもの)謄本

一  押収してあるカレンダー(一九八五年一月から一二月)一綴(昭和六一年押第一一五号の4)及び五九年分の所得税の確定申告書写(安田由紀夫、安田セツ子)・メモ三枚(同押号の5)

なお、弁護人は、判示第二及び第三の各事実について、被告人は共謀共同正犯ではなく幇助犯として責任を負うにすぎない旨主張するので、この点について付言するに、前記関係各証拠によると、被告人は不動産売買の仲介にあたり、売主である中嶋純次及び小林經男の希望条件を満たすため、同じく仲介人であった吉田弘幸と意思を相通じて、自己又は右吉田において右各売主に対し、全日本同和会京都府・市連合会を利用したいわゆる二分の一方式による脱税をするよう説明説得し、前記連合会側の今井正義との間を斡旋するなどして、右方式による脱税を決意させるとともに、その各所有不動産の売却に応じさせ、さらに判示第二の事実においては、後日右中嶋が二分の一方式による脱税に躊躇を示すや、被告人において再度説得に赴いてその犯意を固めさせ、また判示第三の事実においては、不動産売買の決済日に右今井とともに二分の一方式による脱税のカンパ金等一四〇〇万円を右小林から預るなどしたことが認められるのであって、これらのことをみると、脱税の斡旋実行は単に各売主本人や脱税を請負った前記連合会の者らの利得のためだけではなく、被告人の不動産仲介の成否をも左右しその利害にかかわるものであることから、被告人自身において各売主と前記連合会側の者らとの間の共謀の成立、その継続維持、犯行の円滑な実行のために重要不可欠な役割を果したということができ、まさに右犯罪実現の主と目すべきであって、被告人もまた共謀共同正犯としての刑責を免れないというべきである。

(法令の適用)

被告人の判示各所為はいずれも刑法六〇条、所得税法二三八条一項(判示第二ないし第四の各所為についてさらに刑法六五条一項)に該当するところ、判示各罪についていずれも各所定刑中懲役刑及び罰金刑を選択し、以上は刑法四五条前段の併合罪であるから、懲役刑については同法四七条本文、一〇条により犯情の最も重い判示第二の罪の刑に法定の加重をし、罰金刑については同法四八条二項により各罪所定の罰金額を合算し、その刑期及び金額の範囲内で、被告人を懲役一〇月及び罰金六〇〇万円に処し、右罰金を完納することができないときは、同法一八条により金一万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置し、情状により同法二五条一項を適用して、この裁判確定の日から三年間右懲役刑の執行を猶予することとする。

(量刑の事情)

本件は、被告人が自己の所得税の申告に際し、脱税請負団体である全日本同和会京都府・市連合会を利用してその所得税を免れるとともに、自己が不動産売却の仲介をした納税者らと共謀し、前記連合会を利用してその諸都税を免れたという事案であるところ、脱税総額は七六九四万余円という巨額に及び、ほ脱率はいずれも九〇パーセントを越える高率であるので、被告人が納税の公平を侵し、誠実な納税者の納税意欲を害した程度には著しいものがあり、被告人の刑責は重大である。

しかしながら、本件は、前記連合会の同種手口による一連の脱税事件のうちのひとつであり、簡単な調査が行われれば、容易に露見することが明らかな単純な手口による脱税が昭和五六年ころから多数回行なわれていたにもかかわらず税務当局がこれを摘発することなく看過してきたことは、税務当局がその職責を果していなかったものと断ぜざるをえないのであって、税務当局にも本件を誘発した責任の一部があることは否定できないうえ、被告人は判示第二ないし第四の各納税者に自己の取得した紹介料を返還するなどして示談を成立させていること、被告人自身の脱税分については修正申告を行い、過少申告税、重加算税をあわせて納入していること、被告人にはこれまで前科、前歴のないことなど被告人に有利な事情も存するので、懲役刑については刑の執行を猶予することとする。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 西村清治 裁判官 森岡安廣 裁判官 尾立美子)

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